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広島高等裁判所 昭和49年(ネ)240号 判決

控訴人

下関市

被控訴人

坂井恒雄

河野久馬三

主文

本件訴訟を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、申立

控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

被控訴人は主文第一項同旨及び「訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。

二、主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠の関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  一般に退職勧奨は被勧奨者側の個人の意志の尊重と当局側の行政上の要請という両者の調和を保ちつつ行なわれるべきものである。すなわち当局側の行政上の要請が重大緊急であるほど、また被勧奨者側に家庭の状況、経済力、年令等について退職を可とする客観的事情が大きいほど勧奨の限界は拡大されるものである。これを本件についてみると次のとおりである。

(一) 市の財政上の要請

本件退職勧奨が行なわれた昭和四四年度は下関市が財政再建団体として鋭意経費の節減につとめる緊急な必要に迫られていたため、高額所得者である被控訴人らを退職させ、代りに二名の教員を採用することにより人件費の軽減を図る必要があった。

(二) 教員構成の若返りと校内の気風の刷新の必要

当時市立高校の教職員には六〇歳をこえた者は被控訴人らのみであり、かかる高令な職員が少年期の生徒の教育にあたるのは不適当で、退職勧奨を行なうことにより人事刷新の効果をあげようとしたものである。

(三) 被控訴人らの家庭状況と資力

被控訴人らはともに子供は学校を卒業して就職または結婚しており、自宅を所有し、退職金で悠々自適ができる経済状態であった。

これを要するに当局側には市財政上からの経費節減と教育上からの人事刷新という強い必要性があるのに対し、被控訴人らには家庭の事情、経済状態、ことに年令からみて退職を相当とする客観的条件をそなえていたのである。しかるに一方的に自己の利益のみを強調し、誠意をもって話合いに応ずる態度が全然みられなかった。このような場合に控訴人には強い説得が必要であり、許容されるべきことは当然のことといわなければならない。

2  控訴人は本件勧奨にあたり、当初無条件退職を勧奨していたが被控訴人らが頑として拒絶したために三月二四日頃から退職後は講師として発令するという優遇条件を加え、さらに被控訴人河野については六月九日から市教委への配転を提示するなど勧奨の条件が変ったため、各段階に応じて数回の勧奨の必要があったのであるから、本件程度の勧奨回数は許容されるべきである。

《証拠関係略》

理由

当裁判所も被控訴人らの本訴請求はすくなくも原判決が認容した限度においては正当と認めるものであって、その理由は次のとおり加除、訂正するほか、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

1、原判決一七枚目表三行目から七行目までを削除する。

2、同二一枚目裏五行目に「原告らに随行した『組合』役員」とあるを「被控訴人らの所属する『組合』の役員」と改める。

3、同二九枚目表五行目から同三一枚目四行目までを削除する。

4、同三八枚目裏一一行目から同三九枚目裏一、二行目の「……相当である」までを次のとおり改める。

退職勧奨は、任命権者がその人事権に基き、雇傭関係ある者に対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす説得等の行為であって、法律に根拠をもつ行政行為ではなく、単なる事実行為である。従って被勧奨者は何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうるこというまでもない。

5、同三九枚目裏一一行目から同四二枚目表九行目まで、同四二枚目裏二行目に「勧奨を受けることを拒否し、あるいは」とある部分、同四三枚目表三行目の「そもそも……」から同四三枚目裏九行目の「また」まで及び同四四枚目表九行目の「前述のように……」から同一〇行目の「……否か」までをいずれも削除する。

6、同四四枚目裏三行目から同四六枚目表七行目までを次のとおり改める。

これを本件退職勧奨についてみるに、前記認定のとおり、被控訴人らは第一回の勧奨(二月二六日)以来一貫して勧奨に応じないことを表明しており、特に被控訴人らについてはすでに優遇措置も打切られていたのにかかわらず、八木らは被控訴人坂井に対しては三月一二日から五月二七日までの間に一一回、同河野に対しては三月一二日から七月一四日までの間に一三回、それぞれ市教委に出頭を命じ、八木ほか六名の勧奨担当者が一人ないし四人で一回につき短いときでも二〇分、長いときには二時間一五分に及ぶ勧奨を繰り返したもので、前年度(昭和四三年度)までの被控訴人らに対する勧奨の回数は校長によるものを含めても二、三回であったのに対比すると極めて多数回であり、しかもその期間も前記のとおりそれぞれかなり長期にわたっているのであって、あまりにも執拗になされた感はまぬがれず、退職勧奨として許容される限界を越えているものというべきである。また本件以前には例年年度内(三月三一日)で勧奨は打切られていたのに本件の場合は年度をこえて引続き勧奨が行なわれ、加えて八木らは被控訴人らに対し、被控訴人らが退職するまで勧奨を続ける旨の発言を繰り返し述べて被控訴人らに際限なく勧奨が続くのではないかとの不安感を与え心理的圧迫を加えたものであって許されないものといわなければならない。

さらに八木らは右のような長期間にわたる勧奨を続け、電算機の講習期間中も被控訴人らの要請を無視して呼び出すなど、終始高圧的な態度をとり続け、当時「組合」が要求していた宿直廃止や欠員補充についても、本来本件退職勧奨とは何ら関係なく別途解決すべき問題であるのに、被控訴人らが退職しない限り右の要求には応じられないとの態度を示し、被控訴人らをして、右各問題が解決しないのは自らが退職勧奨に応じないところにあるものと思い悩ませ、被控訴人らに対し二者択一を迫るがごとき心理的圧迫を加えたものであり、また被控訴人らに対するレポート、研究物の提出命令も、その経過にてらすと、真にその必要性があったものとは解し難く、いずれも不当といわねばならない。

7、同四八枚目表一〇行目から同四九枚目表五行目までを次のとおり改める。

最後に被控訴人らが本件退職勧奨により受けた損害及びその額について検討するに、被控訴人らに対する退職勧奨の回数、その態様、勧奨時の八木らの発言、勧奨に関連してなされたレポート・研究物の要求、宿直廃止問題、被控訴人河野に対する夜間の電話・配転問題などこれまで認定してきたところのすべての事情を総合して考えると、被控訴人らが本件退職勧奨によりその精神的自由を侵害され、また受忍の限度を越えて名誉感情を傷つけられ、さらには家庭生活を乱されるなど相当の精神的苦痛を受けたことは容易に推認しうるところであって、その精神的苦痛を慰藉すべき金員の額は以上の諸般の事情を考慮すると、被控訴人ら主張の勤労権、平等権、教育権の各侵害につき論ずるまでもなく、被控訴人坂井については金四万円、同河野については金五万円を下らないものと考える。

8、(控訴人の当審における主張について)

控訴人主張の市財政上の要請、校内気風の刷新の必要性あるいは被控訴人らの家庭の状況、資力等が控訴人主張のとおりであったとしても、また当初無条件退職を勧奨していたものを昭和四五年三月二四日頃から講師として発令する旨の条件を加えて勧奨したことを考慮に入れても、なお前記認定の八木らの被控訴人らに対する本件勧奨の態様はあまりにも執拗であって退職勧奨として許容される限度を超えて退職を強要したものというほかはない。

そうすると原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 胡田勲 裁判官 高山晨 裁判官 下江一成)

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